故障まみれ

楽して楽しむ方法を模索しています

私の心持

私は、「働く」ということに、働く前から疑問を持っていた。疑問というよりは、なぜ何のために働くのかが分からなかったといった方が正しい。

自分に何か特殊な技能があるわけでもなく、何かを成し遂げたいと思ったことがあるわけでもなく、ただ生きていくためにはお金が必要で、その金を稼ぐためだけ以外に働く理由が思いつかなかった。だから仕事にやりがいは求めていないし、仕事を通じた自己実現というのも意味が分からなかった。ただ、しんどいことや辛いことは嫌で楽してそこそこのお金が貰える仕事ってなんだろうということを考えていた。そうして突入した就職活動だが、まさか本心をぶちまけるわけにもいかず、仕事による将来のビジョンだとか会社に入って何をしたいかをもっともらしく述べなければならなかった。当然、本気ではないものだから新卒での就職はできなかった。

翌年、どうにかそこそこの安定したところに就職でき、今もそこで働いているが、忙しさは年々増している。労働に価値を見いだせない人間なのに、なぜか忙しく責任を求められる部署への異動が続いているためだ。自分の人生でどうやったって限りある「時間」を価値の見いだせない「仕事」とストレスしかない「責任」に費やしている現状は、いつか耐え切れなくなるに違いない。

こんな価値観をおおっぴらにすると社会不適合者の烙印を押される世の中では、私は非常に生きにくい。

物凄く久しぶりに

日々仕事仕事で年末年始も休みがなく、週休2日のはずなのに、ホワイトカラーのはずなのにと思いながら鬱屈していると、貴重な自由時間が沢山あった大学時代を思い出したりして、そういえばブログ書いてたなぁなんて思い、はてなにうろ覚えのIDでログインすると、捨て垢で作ったようなIDが残っていた。

せっかくなので、働きたくない思いとそれにまつわる日々のことを睡眠時間を削ってでも書いてみよう。それがたぶん今の自分には精神安定剤となる。